風薫る季節になりました〜西宮市より
風薫る季節・五月に、こんな仕事が舞い込んだ。
クライアントのUさんの転居届だった。
「風薫る季節になりました…」という文で始まる、
はがきでの転居のお知らせだ。
その頃、私は、ある印刷会社のデザイン室で働いていた。
阪神・淡路大震災のあった1995年の五月に、
その仕事は舞い込んだのだった。
Uさんの家が、一部、壊れ、引越しをしたそうだ。
私は、チーフデザイナーに尋ねた。
「この原稿、『西宮市』から住所が始まってますけれど、
『兵庫県』って付けなくていいんですか?」
「えーねん」
「郵便番号も書いてありませんよ」
「えーねん」
「へえー、そうなんですか」
「原稿どおりにやって」
「原稿のまま、やります」
兵庫県が付いていなくても、郵便番号が書いていなくても、
「西宮市」と書いてあれば、どこからでも
住所どおりに届くようになってしまったのだ。
「西宮市」と聞いて、その場所が分からない人は、
いなくなってしまったのである。
阪神・淡路大震災が、いかに大きな災害であったかが、
窺い知れる。
私について言えば――
震災後、2年間は、怖くて神戸の街へ行けなかったほどだ。
(城田 博樹)